GX-ETS(排出量取引制度)が2026年4月に本格始動:制度の全体像と押さえておくポイント
2026/4/3GX-ETS(排出量取引制度)が2026年4月に本格始動:制度の全体像と押さえておくポイント
2026/4/3
2026年4月、日本の気候変動政策において大きな転換点を迎えました。排出量取引制度(GX-ETS)の第2フェーズが始動し、大規模排出企業への参加が法律で義務化されました。「我々は対象外だから関係ない」と思われた方もいるかもしれませんが、この制度の影響は対象企業だけにとどまりません。仕入れ先・取引先、電力・燃料、金融など様々な関係を通じて、多くの企業に波及していく可能性があります。
本コラムでは、GX-ETSの制度概要から、対象外企業を含めた経営への影響まで、押さえておきたいポイントをご紹介いたします。
■GX-ETSとは何か
GX-ETSは、企業ごとにCO2の排出枠を割り当て、排出実績と同量の枠を保有することを義務づける制度です。排出枠が余れば他社に売却でき、不足すれば市場で購入する必要があります。排出削減を先行して進めた企業が経済的に報われ、対応が遅れた企業にはコストが発生するいわば「CO2に値段がつく」仕組みとなります。
経済産業省は、この制度について「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行を推進するため」のカーボンプライシング施策の柱と位置づけています。
■3つのフェーズで段階的に強化
GX-ETSは、3段階で制度が強化されていきます。第1フェーズ(2023〜2025年)は「試行」期間として、747社が自主参加し罰則のない形で運用されてきました。第2フェーズ(2026年〜)からはいよいよ「義務化」に移行し、CO2直接排出量(Scope 1)が年間10万トン以上の事業者、約300〜400社が対象となります。排出枠の無償割当と償却義務が課されます。第3フェーズ(2033年〜)では発電部門に対して排出枠の有償オークションが導入される予定です。
対象となるのは、電力、鉄鋼、化学、セメント、石油精製、紙・パルプ、自動車、ガラス・アルミなどの大規模排出セクターで、日本全体のGHG排出量の約60%をカバーします。
■対象企業に求められる3つの義務
第2フェーズで対象企業に求められることは、大きく3つあります。1つ目は移行計画の策定・提出です。2050年カーボンニュートラル目標、2026〜2030年の排出削減目標、設備投資計画を記載した移行計画を作成し、毎年度9月末までに経済産業大臣等に提出する必要があります。
2つ目は排出量の算定・報告です。登録確認機関による第三者確認を受けた上で、排出実績量を国に報告します。当初3年間は確認レベルが限定的ですが、2029年度以降に段階的に検証水準が引き上げられる見込みです。
3つ目は排出枠の償却で、翌年度1月31日までに排出実績と同量の排出枠を保有・償却する義務があります。不足した場合は、上限価格の1.1倍のペナルティ(未償却相当負担金)が発生します。
経済産業省のウェブサイトでは、制度開始に先立って登録確認機関との契約準備やアカウント取得など、必要な実務準備についても案内されています。
■炭素価格はいくらか:上限・下限と国際比較
2026年度の排出枠取引価格は、上限4,300円/t-CO2、下限1,700円/t-CO2に設定されています。2030年度には価格バンドが5,000〜6,000円/tに引き上げられる見通しです。
国際比較で見ると、この水準はEU-ETS(足元€60〜80台、約10,000〜13,000円/t)の約1/3にあたります。しかし、年率3%+物価での段階的引き上げが予定されており、2030年代には差が縮小する方向です。
注目すべきは、EU-CBAM(炭素国境調整メカニズム)の本格適用との関係です。EUのCBAMが本格導入されているなか、国内の炭素価格が低いままであれば、鉄鋼・セメント等のEU向け輸出企業は追加的なCBAM負担を被るリスクがあります。GX-ETSの炭素価格水準は、国際貿易における競争力にも直結するポイントになります。
■排出枠の割当方式:ベンチマークとグランドファザリング
排出枠の割当量は、業種によって2つの方式で決まります。ベンチマーク方式は、石油精製、鉄鋼、化学、紙パルプ、セメント等の主要業種に適用されます。業種別の「目指すべき排出原単位」を基準とし、排出量の約90%を占める業種が対象です。
一方、グランドファザリング方式は、ベンチマーク設定が困難な業種に適用され、過去の排出実績をベースに年率1.7%の削減率が課されます。
■クレジットの活用:J-クレジットとJCMが対象
排出枠の不足分については、J-クレジットとJCMクレジットの2種類を償却に充てることが認められています。ただし、上限は各年度の実排出量の10%まで。VerraやGold Standard等の国際ボランタリークレジットは対象外となっています。
ここで注意が必要なのは、J-クレジットの年間創出量は約100〜150万t-CO2程度、JCMも最多年で約60万t-CO2程度にとどまっている点です。制度全体で理論上最大約6,000万t-CO2のクレジット利用枠がある計算ですが、供給量との間にギャップがあります。クレジット調達に過度に依存する戦略はリスクを伴うとも考えられます。
■「対象外」でも無関係ではない:企業に波及する4つの経路
GX-ETSの直接的な対象は約300〜400社ですが、日本のCO2排出量の約60%を占めています。この制度の影響は、4つの経路を通じて企業に波及していく可能性があります。
1つ目は「直接コスト」です。対象300〜400社は、排出枠の調達・償却コストが直接のP&Lインパクトとなります。2つ目は「電力料金への転嫁」です。2033年の発電部門有償化以降、電力会社のコスト上昇が電気料金に反映されれば、多くの業種が影響を受けます。日本のCO2排出の約4割は発電部門が占めており、この影響は小さくありません。
3つ目は「サプライチェーンへの要請」です。対象企業が取引先にも排出量データの開示や削減努力を求め始めれば、中堅・中小企業を含むサプライチェーン全体に波及します。4つ目は「金融アクセス」です。融資条件に脱炭素KPIが織り込まれる傾向が強まっており、GX-ETSへの対応状況が資金調達コストに影響する可能性があります。
炭素コストは、もはや環境部門だけの管理項目ではありません。調達、投資判断、価格設定に関わる「経営変数」となりつつあります。
■今後のスケジュール
GX-ETSに関連する主要なマイルストーンを整理すると、2026年4月にGX-ETS第2フェーズが開始され、2026年度は排出量計測期間(初年度の割当基礎データ)にあたります。2027年秋には排出枠取引市場が開設され、2028年度には化石燃料賦課金が導入されます。2030年度には価格バンドが5,000〜6,000円/tに引き上げられ、2033年度から発電部門への有償オークションが導入される見込みです。
2026年度は排出量の算定期間にあたり、取引市場の開設は2027年秋の予定です。しかし、2026年度の計測データが初年度の排出枠割当を左右するため、対象企業にとっては「今この瞬間」が準備のスタート地点です。
■脱炭素は「コスト」か「投資」か
GX-ETSの本質は、排出削減に先行して取り組んだ企業が余剰排出枠を売却し、収益化できる点にあります。つまり、脱炭素は単なる「コスト」ではなく「投資・利益機会」としての性格を持ちます。
また、CDPのAリスト入りやSBTi認定といったESG評価の先行投資が、GX-ETSという制度的な裏付けを得ることにもなります。これまでの自主的な取り組みが、制度によって経済的価値に転換されるチャンスとも言えます。
EU-ETSの導入から約20年遅れてのスタートですが、先行国の教訓を踏まえた制度設計が行われています。この制度の始動を「リスク」としてだけでなく、企業の競争力を再定義する「機会」として捉えていきたいと考えています。
<参考文献>
経済産業省 排出量取引制度
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets.html
経済産業省 産業構造審議会 排出量取引制度小委員会
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/emissions_trading/index.html
経済産業省 産業構造審議会 排出量取引制度小委員会 中間整理~排出枠の割当ての実施指針等に関する事項~(2025年12月19日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/emissions_trading/pdf/20251219_1.pdf
経済産業省 排出量取引制度の詳細設計に向けた検討方針(2025年7月2日)排出量取引制度小委員会 第1回 資料3
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/emissions_trading/pdf/001_03_00.pdf
内閣官房 GX実現に向けたカーボンプライシング専門ワーキンググループ
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/carbon_pricing_wg/kaisai.html
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