生物多様性とネイチャーポジティブ

2024/12/20

生物多様性とネイチャーポジティブ

2024/12/20

私たちの暮らしや社会を支えてくれている地球上の豊かな自然を未来の世代へとつないでいこうと、さまざまな種類の生き物が共存する「生物多様性」を守る仕組み作りが国際的に進められています。すでに全国の自治体や世界中の企業において、自然保護に向けた戦略策定や将来投資といった取り組みが広がっています。生物多様性をめぐる最近の動向や、企業内での実施が推奨されている基本プロセスについて、事例を含めてご紹介いたします。

「ネイチャーポジティブ」とは

生物多様性の分野では、「ネイチャーポジティブ」(自然再興)を実現するという目標が2019年から作られて、広がっています。生き物の多様性の損失を止め、自然が豊かになるプラスの流れを作り出すという意味です。ネイチャーポジティブ イニシアティブ(NPI)という団体が、ネイチャーポジティブのグローバルな目標指標を定義することにも取り組んでいます。

出典:Nature Positive Initiatives

世界経済フォーラムによれば、ネイチャーポジティブ経済に移行することで、3億9500万人の雇用と、年間10.1兆ドルの取引を生み出すことができるといいます。日本の環境省はネイチャーポジティブについて「みんなで我慢するのではなく、生き物を含めたみんなで豊かになる」ための目標として民間サイドにも協力を呼びかけています。

国内外で目線合わせが進んでいる

ネイチャーポジティブを実現するための具体的な道筋については、これまで国際的に議論が進められてきました。その代表的な成果のひとつが、昆明・モントリオール生物多様性枠組です。

この枠組みは、2022年12月にカナダ・モントリオールで開催されたCBD-COP15(生物多様性条約第15回締結国会議)で採択されました。2030年ミッションとして「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め、反転させるための緊急の行動を取る」ことを掲げています。
2030年ミッションを達成するための具体策という位置づけで、全部で23の項目を「2030年ターゲット」として設定しています。2030年ターゲットの中では、たとえば生物多様性に関するリスクや依存度合いについての評価・開示や、生物多様性の保全という観点で望ましくないインセンティブ(補助金など)の5000億ドル削減といった策を提示しています。

24年10~11月にかけ、コロンビアで生物多様性条約第16回締結国会議(COP16)が開かれました。資金面のサポートを含め各国の十分な協力体制を構築するためには引き続き議論を続ける必要があるにせよ、今回の会議は生物多様性が私たちの社会に欠かせないことを再確認する機会になったと考えます。

日本では生物多様性基本法(2008年施行)によって、地方公共団体による「生物多様性地域戦略」の策定が努力義務として位置付けられました。これを受け、たとえば宮城県は2015年に策定した戦略において、自然負荷軽減への貢献を認定した「宮城県グリーン製品」の普及・拡大といった方向性を打ち出しています。
また、仙台市も「杜の都環境プラン」と題する仙台市環境基本計画を策定。みどりの総量(緑被率)の維持・向上などの定量目標を掲げています。

企業の取り組み

TNFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)など重要な取り組み基準でもありますが、生物多様性の維持・向上のためには、ネイチャーポジティブに対する民間企業の取り組みも大切です。

環境省は「生物多様性民間参画ガイドライン」の中で、ネイチャーポジティブに貢献するための企業内の基本プロセスとして、(1)社内体制の構築(2)戦略や対応方針、指標・目標の設定(3)具体的な取り組みの実施(4)定期的なモニタリング――という4段階のサイクルを提案しています。

加えて、横断的活動として(5)内部の能力構築(6)情報公開や外部ステークホルダーとのコミュニケーションの実施も推奨しています。

ネイチャーポジティブに向けた企業内の基本プロセス(環境省ガイドラインより)

海外では食品業界を含む幅広い分野で、すでにネイチャーポジティブの実現に向けた動きが広がっています。

ネスレは、2025年までに自社製品の100%リユース、リサイクル可能化、未使用プラスチック使用の3分の1削減といった目標を掲げています。また、再生包装用の再生プラスチックへの転換を支援するファンドに3000万ドルを出資するなど、自然を守るための将来投資にも積極的に取り組んでいます。
また、自然保護を推進する企業どうしの国際的な連携枠組みである「ビジネス・フォア・ネイチャー」に参加しています。この連携枠組みは、ネイチャーポジティブの実現に向けた制度整備を各国に訴えるといった活動を展開しています。

金融界でも、BBVAは国際金融公社とともに、コロンビアの森林保護のための5000万ドル規模の「世界初の生物多様性債」について発表しました。

カギを握る「ネイチャーポジティブのガイダンス」

NPIが提言するネイチャーポジティブのガイダンスは、2030年までに自然喪失を停止し、回復することを目標としています。そのために、自然状態(State of Nature)を測定するための指標が開発されています。このガイダンスはTNFDとも整合する立て付けになっており、2025年初頭に最終版が発表される予定です。

この指標には、次の2つのフレームワークが提案されています。

・普遍的指標(Universal Metrics): 4つのコア指標(生態系の範囲、状態、景観の一貫性、絶滅リスク)

・ケース別指標(Case-Specific Metrics): 条件に応じて適用される5つの追加指標(例:地域固有の生物多様性)

2020年を基準年とし、それ以降の変化を測定していきます。一方で、モニタリング方法やデータ活用、海洋や淡水環境に関する指標、先住民の知識の取り入れなど、さらなる検討が求められる分野もあります。しかし、すべてが整うのを待つのではなく、課題を解決しながら実行可能な仕組みを構築していくという実践的なアプローチが見受けられます。

このように国際枠組み、政府、企業とさまざまなレベルで戦略・目標が打ち立てられ、ネイチャーポジティブ実現に向けた具体的な行動が拡大する基盤ができつつあります。私たち一人一人も生物多様性について理解を深め、できることから始めていくという姿勢も求められています。

<参考文献>

環境省 エコジン
https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240214.html

環境省 生物多様性民間参画ガイドライン
https://www.env.go.jp/content/000125803.pdf

宮城県 生物多様性地域戦略
https://www.pref.miyagi.jp/documents/24195/783982.pdf

Nestlé invests USD 30 million in Closed Loop Leadership Fund
https://www.nestle.com/media/pressreleases/allpressreleases/nestle-investment-closed-loop-leadership-fund

BBVA Colombia and IFC announce the financial sector’s first biodiversity bond issue
https://www.bbva.com/en/sustainability/bbva-colombia-and-ifc-announce-the-financial-sectors-first-biodiversity-bond-issue/

Nature Positive Initiative
https://www.naturepositive.org/metrics/

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