
建築物LCA、改正法で重みを増すCO2データ
2026/09/30建築物LCA、改正法で重みを増すCO2データ
2026/09/30
2026年7月、改正建築物省エネ法が参議院本会議で可決・成立しました。建物の資材製造から施工、使用、修繕、解体までの各段階で排出される炭素量を通算して評価する「建築物通算炭素排出量評価」、いわゆる建築物LCAが法律に位置づけられ、法律名も「建築物のエネルギー消費性能の向上及び脱炭素化の促進に関する法律」に改められます。
国への届出が義務付けられる建物は、国の検討会の例示に従えば延べ面積5,000㎡以上の事務所で、年間約200棟、着工棟数のわずか0.03%です。一方で、この約200棟が新築建築物全体のCO2等排出量の約5%を占めると試算されています。数字だけを見れば、多くの企業にとって縁遠い制度に映るかもしれません。しかし、この制度の影響を最も大きく受けるのは、建物を建てる側よりも、建物に使われる建材・設備をつくる側であると考えられます。
■改正法の骨格
2026年3月に閣議決定され国会に提出された法律案によると、制度の柱は次の4点です。第一に、建築主、建築士、建設業者、建築材料等の製造事業者の責務を努力義務として定め、国が統一的な算定ルールとなる指針を策定します。第二に、環境への負荷が少ないものなどを除き、規模にかかわらず設計段階でのライフサイクルカーボン評価を建築主の努力義務とし、設計を受託した建築士は必要な事項の説明などで協力します。第三に、特定用途・一定規模以上の建物では、着工の14日前までに削減計画と評価結果を国土交通大臣へ届け出ることが建築主に義務付けられます。内容が判断の基準に照らして著しく不十分な場合には、国が計画の変更などを勧告できます。第四に、国の定める方法で炭素排出量原単位を算定した建材・設備は、その旨を表示できるようになります。算定していない製品に紛らわしい表示をすることは禁じられ、国による指示や命令の対象となります。あわせて、建物の環境性能の第三者認証・表示の制度も設けられます。
施行は公布から2年以内とされ、政府は2028年度を目途に制度を開始する方針です。届出対象の用途・規模は政令で定められることになっており、その具体化はこれからです。
■算定の精度は「原単位」で決まる
建物の評価は、設計図書から資材の数量を拾い、それぞれに排出量原単位を掛けて積み上げるのが基本です。国は2024年10月に、国内の建築事情に合わせた算定ツール「J-CAT」の正式版を公表しています。
ここで重要になるのが、どの原単位を使うかです。企業のScope3算定では、購入金額に業界平均の原単位を掛ける方法が広く使われていますが、この方法では取引先がどれだけ低炭素化に取り組んでも数字に表れません。建築物LCAでも同じ構造があります。製品固有のデータがなければ、評価には業界代表値や国のデフォルト値が使われ、低炭素化に取り組んだ製品であっても平均値の中に埋もれてしまいます。
国のロードマップは、EPDやCFPによる業界代表データと個社データの整備を進め、主要建材については2027年度までに整えるという方針を示しています。改正法に原単位の表示が盛り込まれたことで、Scope3算定で進みつつある「二次データから一次データへ」の移行が、建築の分野では制度として始まるといえます。
これは素材産業の脱炭素とも無関係ではありません。資源エネルギー庁は、グリーン鉄の普及に向けてCFPの活用拡大や公共調達での優先購入など、需要側の後押しを掲げています。建築物LCAは、グリーン鉄や低炭素コンクリートの価値を建物の数字として反映する受け皿になり得ます。
■海外では算定から上限値へ
EUでは、ライフサイクルでの温暖化影響(GWP)の算定枠組みを定めた委任規則が2026年5月に発効しました。2028年1月からは延べ面積1,000㎡超の新築建物で、2030年1月からはすべての新築建物で、エネルギー性能証明書へのライフサイクルGWPの記載が求められます。ここでも、製造事業者のデータがない場合にはデフォルト値の使用が認められています。加えて加盟国には、2027年初までに新築建物のライフサイクルGWPに上限値を導入するためのロードマップの策定が求められています。
日本のロードマップも、2030年代に評価の一般化と削減策の導入、2040年代に削減策の強化へと段階的に進む構成です。削減策は制度開始後3年以内を目途に検討を始めるとされています。2026年9月には、J-CATが米国発のグリーンビルディング認証LEEDで適用可能になったことも公表されました。国内の算定の仕組みが、国際的な評価とつながり始めています。
■業界関係企業が最初に着手すべきこと
実務上、最初に着手すべきは、全製品のEPD取得を目指すことではなく、大規模オフィスでの使用量が多い主力製品を絞り込み、国のルールに沿った原単位を一つ確定させることであると考えられます。
当面の届出対象は大規模な事務所であり、設計段階で比較の対象となるのは使用量の大きい主要部位の建材・設備などです。また、一品目の算定を最後までやり切ることで、自社の製造データがどこにあり、何が欠けているのか、原材料の調達先に何を依頼すべきかが明らかになり、他の製品へ展開するための型ができます。国土交通省は令和8年度の建築GX・DX推進事業において、建材・設備のCO2原単位の策定を支援対象としており、こうした制度を活用する余地もあります。
建築物LCAは、算定と届出から始まる穏やかな制度設計です。それでも、数字が同じルールで比べられる環境が整えば、設計、調達、製品開発の判断は少しずつ動いていきます。2028年度の制度開始は、建材・設備などの価値を性能と価格に加えて「炭素」で説明できるかどうかが問われる最初の機会になると考えられます。
■参考文献
国土交通省「『建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律の一部を改正する法律案』を閣議決定」(2026年3月27日) https://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_001129.html
衆議院「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律の一部を改正する法律案」 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g22109039.htm
国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk4_000302.html
国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの削減に向けた制度のあり方(中間とりまとめ)概要」(2026年1月28日) https://www.mlit.go.jp/common/001964668.pdf
国土交通省「令和8年度建築GX・DX推進事業について」 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_fr_000201.html
国土交通省「建築物のライフサイクルカーボン削減に向けた取組」(建築物のライフサイクルカーボン削減に関する関係省庁連絡会議 第1回 資料3) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/building_lifecycle/dai1/siryou3.pdf
資源エネルギー庁「鉄鋼業で進むGX―『グリーン鉄』普及へ政府も支援」(2026年3月26日) https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/green_steel_2026.html
European Commission "Calculation framework for new building life-cycle Global Warming Potential"(2026年5月4日) https://energy.ec.europa.eu/news/calculation-framework-new-building-life-cycle-global-warming-potential-2026-05-04_en
EUR-Lex "Commission Delegated Regulation (EU) 2026/52" https://eur-lex.europa.eu/eli/reg_del/2026/52/oj/eng
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