「熊本宣言」採択:ネイチャーポジティブが「開示」から「実行」へ移る局面と、企業が取り組むポイント

2026/07/24

「熊本宣言」採択:ネイチャーポジティブが「開示」から「実行」へ移る局面と、企業が取り組むポイント

2026/07/24

自然関連の情報開示という一点において、日本企業は世界の先頭に立っています。環境省の発表によれば、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った開示を表明した「TNFDアダプター」は、20254月時点で世界562社。そのうち日本は154社を占め、国別で世界最多となっています。

20267月熊本市で開かれた第2回グローバル・ネイチャーポジティブ・サミット(GNPS2026)でも、この点に触れています。27の国と地域から関係者が集まったこのサミットの2日間が費やされたのは、開示対応よりも、実装に焦点を移し、測定・情報開示・テクノロジーといった「実装を支える要素」を扱う構成になっています。開示は議論の対象ではなく、前提として扱われていました。閉幕にあたって採択された「熊本宣言」は、この位置づけの変化を象徴するものと考えられます。

熊本宣言で確認されたこと

サミットの主催はネイチャーポジティブ・イニシアティブ(NPI)と国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)、共催に環境省、農林水産省、国土交通省などが名を連ね、金融庁や日本経済団体連合会などが後援しました。熊本宣言はその冒頭で、202610月にアルメニアで開かれる生物多様性条約第17回締約国会議(COP17)を緊急の課題と位置づけました。そのうえで、ネイチャーポジティブ経済への移行はコストではなく投資として認識されるべきであるとの認識を示し、政府や企業が共通の指標を用いて生態系への影響を測定し、取り組みを加速することの重要性に言及したとされます。目標達成を支援するための提言が盛り込まれました。

なぜ20267月だったのか

このタイミングには理由があると思われます。202610月に、アルメニアのエレバンでCBD COP17が開かれます。テーマは「Taking Action for Nature」。これは昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)の採択後2回目のCOPであり、枠組みの実施状況について、初めてグローバルレビュー(世界的な進捗評価)が行われる会議となります。「2030年までに自然の損失を止め、回復へ転じる」という2022年の約束に対して、間に合っているのかどうかが、初めて公式に確認されます。このCOP3か月前に、企業・金融機関・地方自治体の貢献に焦点を当てて開かれました。開催の前に、民間側が実績を持ち寄る場だったと位置づけることと考えられます。

阿蘇の草原が投げかける問い

開催地の熊本は、阿蘇くじゅう国立公園を擁します。この場所の選定は、本サミットの論点を象徴していると考えられます。環境省によれば、阿蘇地域の草原は、土地を造成して西洋の牧草を播種した改良草地ではありません。ススキやネザサなど、元々この地方に生育する植物を主体とした草地です。そして千年以上の歴史を持つこの草原は、畜産のための放牧、採草、野焼きなど、人間の手を加えることによって維持されてきた「半自然草地」であるとされます。現在およそ14,000ヘクタールが残り、環境省はこれを「自然と人間との共生の結果成立している」と説明しています。この草原は「生物多様性保全上重要な里地里山」にも選ばれています。

そして実際に、サミット最終日の分科会では、研究者や自治体の関係者が阿蘇の草原維持の重要性を論じたうえで、野焼きや放牧といった人の手を加えて草原を維持する「半自然草原」を、今後どう続けていくかという継続の課題テーマにもなっていたようです。

「自然を守る」を「人の手を入れない」と理解した場合、この草原は守れません。「人間の手を加えることによって維持されてきた」ということは、裏を返せば、手が入らなくなったときに現在の姿が保たれる保証はない、ということでもあります。

そして里地里山という形式は、日本の自然の主要な姿の一つです。制度の側もそれを織り込んでおり、20254月に施行された地域生物多様性増進法では、企業の森や里地里山、都市の緑地といった「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」が、「自然共生サイト」として認定される仕組みが設けられています。手つかずの原生自然だけが保全の対象ではない、という前提が、すでに法律に書き込まれています。

「自然」と「脱炭素」は別建てにできない

20243月、環境省・農林水産省・経済産業省・国土交通省の4省庁は連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略~自然資本に立脚した企業価値の創造~」を策定しました。

同戦略の参考資料では、世界経済フォーラム(2020年)の推計をもとにした環境省の試算として、ネイチャーポジティブ経済への移行によって生まれるビジネス機会の規模が、2030年時点で日本において約47兆円と示されています。このうち4分の3以上が、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーと強く関連するとされています。

この数字が意味するところはネイチャーポジティブを、既存の脱炭素や循環経済の取り組みから切り離し、新規の独立プロジェクトとして立ち上げた場合、機会の大部分を取りこぼす構造になっている、ということです。

実務上、着手していくポイント

TNFDの実務上、次に着手すべきは、開示項目の棚卸しではなく「依存の棚卸し」であると考えられます。すなわち、自社の事業が、どの地域の、どの自然の恵み(水、土壌、受粉、気候調整など)に、どれだけ依存しているのか。そしてその恵みは、誰の、どのような営みによって維持されているのかなどを確認することです。

開示項目から入った場合、自然の捉え方が「開示できる範囲」に縮んでしまう可能性があります。依存から入れば、たとえば阿蘇の草原のように「人の営みが止まれば失われる自然」に自社が依存している場合、その営みが続くかどうかが、そのまま自社の事業リスクである、という結論に辿り着きます。この方向は、COP17のグローバルレビューが問う「実施状況」と同じ方を向いています。阿蘇の草原が千年続いてきたのは、宣言によってではなく、毎年繰り返されてきた野焼きによってです。企業の自然に対する取り組みも、次第に同じ性質のものとして問われていくことが期待されます。

■参考文献
環境省「TNFDイベント『TNFD開示とその先:世界と日本の最新状況と今後の展開』の開催について」
https://www.env.go.jp/press/press_04827.html

環境省「阿蘇くじゅう国立公園:阿蘇の草原の種類」
https://www.env.go.jp/park/aso/effort/aso_2/index.html

環境省「生物多様性保全上重要な里地里山:阿蘇の草原」
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/43_kumamoto/no43-3.html

環境省・農林水産省・経済産業省・国土交通省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」(2024年3月)
https://www.env.go.jp/content/000213094.pdf

環境省「自然共生サイト|30by30」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/

環境省「地域生物多様性増進法に基づく『自然共生サイト』の認定(令和7年度第2回)について」
https://www.env.go.jp/press/press_01965.html

European Commission, Knowledge for policy "Seventeenth meeting of the Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity (CBD COP 17)"
https://knowledge4policy.ec.europa.eu/event/seventeenth-meeting-conference-parties-convention-biological-diversity-cbd-cop-17_en

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